昭和42年ベビーブームの中、茨城県土浦市に生まれました。本名甲斐拓也。
将来の格闘家となる片鱗か、市の三歳児検診で健康優良児として表彰を受けました。が、その後は市から“優良”というタイトルを剥奪されかねないほどのイタズラっ子に育ち、かなり母の手を焼かせました。

スポーツをすることは大好きでした。まずは基礎的な身体作りが第一だろうという父の助言で中学と高校は陸上部に入りました。

これが現在の体力や頑丈な身体を築くことができた源となっており、今では30年前の父の助言を大変ありがたく感じています。


高校は土浦第一高校という茨城県立の進学校に進みましたが、ベビーブーム世代という強烈な圧力に屈し、大学に合格するまで二年間の浪人生活を経ましたが、縁があったのか九州大学の歯学部に合格し、入学いたしました。  
この時期に、苦しみ悩みながらそれらを克服し合格を勝ち取った実話を、現在同じ境遇にいる受験生の皆さんに読んでいただきたく、平成13年に自叙伝を出版いたしました

「絶望の崖っぷちからはい上がれ 鳥影社出版」

機会がございましたらぜひどうぞ。



九州大学は福岡市内にあり、7年間、福岡で生活を送りました。大学ではラグビー部に入りました。

祭り、屋台、などに代表される福岡の文化、人の温かさの恩恵を受け、ノンビリした性格がよりおおらかになり、生まれ故郷の関東に平成7年に戻ってまいりました。

平成7年に九州大学の歯学部を卒業し、勤務医をいたしておりました。

平成12年に志を立て、千葉県野田市にいちょう通り歯科という歯科医院を開業いたしました。
独立に踏み切った理由は、設備的にも治療方針的にも患者側のニーズに合わせた理想の歯科医院を構築することでした。

そのためには開業資金として銀行から何千万円の融資を受けざるを得ないためリスクも非常に大きかったのですが、家族や先輩や友人や患者様に支えられ、励まされ、何とか乗り切ることが出来ました。
また、平成14年には医療法人社団 優新会を設立し、以後も地域歯科医療に深く貢献いたしております。

自身は根っからの歯医者恐怖症です。
昔の記憶がトラウマになっているため、自分は無痛診療をベースにしたやさしい歯医者になろうと思いました。やさしさこそ人生の信条と考え、歯科医院の電話番号も車のナンバーも8341(やさしい)にしております。

ですので、怖がりの方にはうってつけの歯科医師です。

自分は以前、インプラント治療に対して否定派でした。人間の身体に金属を埋め込むことなど良いわけがないと思っていたからです。しかし患者様のご要望が多く、必要に迫られ、都内で行われたインプラントのセミナーに出席しました。そのセミナーを聞いて、考えが180度変わりました。

インプラントというものの歴史、安全性、生体親和性などを突き詰めて研究せず、自身で一度も着手せずにうわさや表面だけで否定派になってしまっていた自分を恥じました。
こんなに素晴らしい治療は無い、すぐに自分が遅れていたものを取り返さなければいけないと思い、それからは人の何倍もインプラントについて勉強しました。
また、知識的な面以上に技術的な面も大変重要であるため、多額の費用がかかる難題はありましたが世界最高峰の所でもう一度しっかりインプラントを勉強したいと、日本を飛び出しインプラントの本場アメリカに渡り、技術を極めてみたい気持ちが強くなりました。
幸いにも自分は大学時代に予備校の英語の講師を何年も経験しており、自分自身の語学力も知らず知らずのうちにアップしておりました。
大学に入るのに二浪する私がその時期に語学力がアップしたことは、実はプロレス好きということに理由があります。
大学時代、プロレスが大好きで、ファンでいることに飽き足らず、自分でどうしても試合をしてみたくなりました。しかしその当時、日本のプロレス団体は自分のようなものがデビューできる団体はありませんでした。しかし、大柄でない人間が自費で海外に渡り向こうでデビューをして日本マット界に殴りこみをかけるという話がありました。

これだ!自分は英語とスペイン語を習得できれば世界の7割の国で通用するという情報を得て、早速翌日からラジオ講座の英語とスペイン語をがむしゃらに勉強しました。 人間、何か目標があると実力もそれなりに伸びるもので、レスラーとしての海外デビューの夢こそ実現できませんでしたが、その時のラジオ講座のおかげで、語学力を身につけたことはその後の人生に大きく役に立ちました。これもすべてプロレス好きが功を奏したことであり、プロレスに感謝です。

話は元に戻りますが、どうせアメリカ行きを挑戦するのであれば、世界に最高峰のハーバード大学に行きたい!
ハーバードがどこの町にあるのかも知らないのに、どうせ戦うならチャンピオンと!というようなここでも持ち前のプロレス的発想で、自分は迷わずハーバード大学挑戦を決意しました。
こうして自分はハーバード大学に渡り、その道の権威であるDr.weberから直々に高度なインプラントの技術を学ぶことができました。

ハーバードはさすがに世界の最高峰というだけありいろいろな国からたくさんの研修医が来ておりました。それぞれの国で医療制度が異なりますので、歯の健康についての考え方、医療人としての人生の考え方が千差万別です。医療が進んでいる国、遅れている国、医師がエリートである国、そうでない国、それぞれありますが、やはり日本は圧倒的に恵まれているのではないかと、それをもっと自覚していないといけないと思いました。
ハーバード大学での修行が終了した後、自分はすぐに日本に戻らずに、アメリカやその周辺の国々の文化を体感するためにいろいろな所を訪れました。
ニューヨーク、マイアミ、バハマ。特にバハマにおいては離島のエリューセラ島という所に渡り、その文化に触れてまいりました。

エリューセラ島とは日本人にはなかなか聞きなれない名前だと思います。リゾート地として手付かずの島で自然がそのまま残されており、中でもピンクの珊瑚が細かく砕けてそのまま砂浜になったピンクサンドビーチという海岸は絶景で、その美しさにイギリスのチャールズ皇太子が結婚式を挙げた島でもあるそうです。

人口は3000人ですが、島には病院がありませんでした。ごくまれに交通事故も起こるそうですが、バハマにヘリコプターで搬送している間に死んでしまうこともあるそうです。歯科治療はバハマから3か月に一度歯医者が来て治療を行うそうですが、治療は全て抜歯になるとのことでした。島民はみんな診療所の設立を望んでおり、自分も島に歯科医院の開設してくれないかと嘆願されました。

世界にはまだまだ医療の供給不足で困っている人々がたくさんいます。こういった問題もこれから改善していかなければならない重要課題だと思います。
日本は非常に恵まれております。私自身もそういったことをあらためて気づかされ、自覚を持つべきだと考えさせられました。

学生の頃からずっとプロレスが大好きで、日常のラグビーだけでは疼く身体を押さえきれない日々が続いていた頃、ちょうど近くにシュートボクシングの道場ができたので入門し、卒業まで身体を鍛えました。

自分は、福岡の街で3度も暴漢にあい一歩間違えば殺されてもおかしくない体験もしています。ひどい時は刃物を持った外国人と路上で対戦し、かろうじて自分の闘争本能が上回ったのでありましょうか、何とか勝ちをもぎ取ったこともありました。

以来、人生何が起こるかわからない、そう思い、男たるもの常に身体は鍛え続け、いつ何時でも誰の挑戦でも受けられるよう、絶え間なく鍛え続けてきています。『常在戦場』です。

平成21年6月に、新日本プロレスの道場で新日本プロレスの三澤トレーナーよりご指導をいただける機会を得て、それ以来道場で培った練習方法を丹念に繰り返しています。自宅に道場を設立し、診療が休みの木曜と日曜は長時間のトレーニングをおこなっています。
本格的にプロのご指導を受けるというのはすごいもので、最近では身体が見違えるように逞しくなってきています。

これらの経験を、どう今後の人生に生かせるか、現在いろいろ戦略を練っております。
自分が刺激を受けた、山本ケイイチさんというフィットネストレーナーをされている人が書いた『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』本があります。

「これからの時代を生き残るのに有益なスキルは、英語、IT、金融知識、筋肉である。鍛えるということは将来大きなリターンを生む自己投資である。時代察知能力の高い人はすでにそのことに気づき鍛えることにお金と時間を投資している。仕事ができる人はトレーニングをしても優秀である。」

と述べておられ、自分も筋トレ=最強のビジネスツールだと共感しており、モチベーションが高まっております。

また、別記のワクチン寄付のためのプロレスと総合格闘技のチャリティーイベント『FIGHTING AID』を、新日本三澤トレーナーとの最強タッグでプロデュース、平成22年5月8日に新宿FACEにて大成功を遂げております。

また平成22年11月からは、総合格闘家の宮田和幸さんが主宰する三郷BRAVEに所属し、

これから続くFIGHTING AID出撃のために練習を積んでいます。


劇画のタイガーマスクは、孤児院の子供たちを助けるために戦っていました。つまり、自らの肉体をかけて敵と戦い、そのファイトマネーを孤児院に寄付していたのです。自分はその生き方に非常に共感し、大学時代に自分の立場でできることとして九大病院の小児科に重病で入院している子供たちのところにプロレスラーの格好をして慰問し、目の前でプロレスの試合をして子供たちを元気付けたこともありました。

現在は、自分の得意分野で何か社会に貢献できることはないかと思案し、めぐり合ったのがJCV(世界の子供たちにワクチンを日本委員会)という世界中の病気の子供たちにワクチンを寄付する機構でした。(ソフトバンクの和田投手が一球投げるごとにワクチンを何本という寄付をご存知でしょうか?)

自分は、インプラント治療の修行のため、アメリカのハーバード大学にわたり、その道の権威であるDr.Weberのもとで高度なインプラントの技術を学んでまいりました。その技術を自分の患者様以外にも何か有用できないかと思い、

JCVを通じてインプラントの手術を一回行うごとにポリオワクチンを100本寄付という自分ルールを作り、寄付活動をおこなっております。

自分は『小医 病を治す  中医 心を治す  大医 世界を治す』という座右の銘をかかげ、世界を元気付けられる歯科医師になりたいと思っておりました。一人でも多くの世界の難病の子供たちの命を助けることができれば、ひいては世界を治す大医というものに少しでも近づけるのではないであろうかということを信じて、日々がんばっております。

そして、平成22年5月にFIGHTING AIDというプロレスと格闘技のチャリティー興行をおこない、自ら出撃してまいりました。自分が好きな他の分野でも何かできることはないか、それを何年も思案し、行き着いたのがこの企画です。興行の売り上げを全て世界の難病の子供たちを助けるためのワクチン代として寄付し、100万人の命を救うまで活動を続けます。
また、鍛え抜かれたアスリートが熱くぶつかり合うことで、観戦される方々にも勇気と元気をプレゼントできたらと考えております。

『 FINGTING AID 1 〜僕たちが拓く100万人の未来〜 』 

よろしくお願いいたします。

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